こんにちは。
ここにきてくれてありがとう。
少しおつきあい下さい。
THE GOLDEN RING
佐野元春 with The Heartland Live 1983~1994
CD3枚組のボックスセット。
ハートランドの解散を記念してリリースされたものだ。
ハートランドは、94年9月15日、横浜スタジアムでのライブ
『ランド・ホー』で、フィナーレを飾っている。
また、タイトルにもなっている"The Golden Ring"という言葉は
”ロックンロール・ナイト”の歌詞の中にも出てくる。
佐野さんは、人々の中にあるイノセンス(無垢、純潔、純真など)を
”瓦礫の中のゴールデンリング”という言葉に置き換えて、詞の中で表現している。
その”ロックンロールナイト”が収録されているDISC3が、個人的にはお気に入りだ。
DISC3に収められている曲は、10曲あるのだが
最後の曲、”空よりも高く(Home)”以外の曲は
The Circle TourとSee Far Miles Tour PartⅡからのライブ音源となっている。
個人的お気に入りのDISC3を少しピックアップしたい。
”欲望” (Desire)
聴きはじめた頃は、なんとなく苦手でスルーしていたが
苦手だったこの曲も近頃になって、やっとまともに耳を傾けるようになった。
重厚なギターで始まるこの曲。
現代は物質至上主義。
真心が何においてもいちばんに勝つ時代ではない。
金や物に執着しすぎるあまり、”もっともっと”とむさぼっている。
現代の人間社会のネガティブな部分をあぶり出し、いやらしい欲望に対して
正面から対峙しながらも、その中でもどうにかして光を見いだそうとしている。
そんなかんじの曲に思える。
”レインボー・イン・マイ・ソウル”
”失くしてしまうことは、悲しいことじゃない”とくりかえしている。
失くしてしまうことは、けして悲しいことばかりじゃない。
”約束の橋”
DISC3に収められているこの曲のライブ音源が、いちばん気に入っている。
佐野さんのハーモニカとダディのサキソフォンが印象的。
”ロックンロールナイト”
物語や曲の展開に壮大さを感じる。
その壮大さは、ライブではまさに圧巻であろう。
名曲であり、ステージでも欠かすことのできない曲。
”ハートビート”
しみるバラード。
佐野さんとハートランドのアレンジがスゴすぎる。
ギターのイントロが斬新だ。
曲後半の女性バックボーカルとサキソフォンのからみもうなりどころだ。
いつまでたっても古さを感じさせない。
ロックンロールナイト同様、物語の展開がすばらしい。
”サムデイ”
The Circle Tour 94年4月24日の日本武道館のライブ音源から。
この曲についての説明は不要だろう。
ファンの大合唱から始まる。
会場の熱いエネルギーがものすごく感じられる。
”空よりも高く” (Home)
最後をしめくくるには、ふさわしい曲かも。
”もう家に帰ろう” ひとりの男がわが家に向かって車を走らせていく。
男の心情がにじみ出ている、そんな曲だ。
帰るところがあるという安心感。
自分をいやす場所があるという安心感。
やすらげる場所があるという安心感。
家族が待っているという安心感。
"Home"とは、そういうところ。
このアルバム、"THE GOLDEN RING"は
ほとんどの曲が、90年以降に収録されたライブ音源のため
ライブ音源としては、このライブアルバムはより成熟したバンドの演奏が聴ける。
ハートランドの成長の軌跡がつまっている、そんなライブアルバムです。
THE GOLDEN RING
佐野元春 with The Heartland Live 1983~1994
貴重なライブアルバムです。
最後まで読んでくれてありがとう。
ここにきてくれてありがとう。
2014年4月13日日曜日
2011年7月4日月曜日
They called the band ”The Heartland”
それは、1980年。
佐野元春をサポートするためにバンドが結成された。
結成当時、固定されたメンバーはいなかった。
結成直前、佐野さんはサックスプレイヤーをさがしていた。
諦めかけていたところ、友人からの紹介で柴田光久と出会う。
ダディ柴田である。
当時のバンドといえば、ギター、ベース、ドラム、キーボード
というのが定番であり、サックスが加わるというのは珍しかった。
しかし、絶対欠かせない存在であった。
佐野さんは、柴田さんを強引に口説き落としたらしい。
そして、バンド名も結成して数ヶ月は名前がなかったらしい。
しかし、ファーストアルバムでアレンジャーを務めた伊藤銀次を
ギタリストにむかえ、高校、大学とバンド仲間だった小野田清文、
小学生の時には、すでにドラムを叩いていたという古田たかし。
彼らが参加することで、徐々にバンドらしいまとまりがでてきた。
ちなみに、初期メンバーの中でもっとも早くから参加していたのは
阿部吉剛だったらしい。
最初のツアー、Welcome to the Heartland Tour では
阿部さん、銀次さん、小野田さん、古田さん、柴田さん、の5人。
その後、西本明が加わった。
"The Heartland"
このバンドのチームワークはすばらしい。
佐野さんとバンドとが一体化して、熱狂的なパフォーマンスを
てんかいしていくその様は、ステージを観たことがあるファンならば
くわしい説明はいらないだろう。
その後、ソロデビューのため脱退した銀次さんにかわり
横内タケや長田進がギターとして参加。パーカッションに里村美和。
ボーン助谷、石垣三十郎らも参加。
最強のバンドへと進化していく。
そして、ハートランド結成から14年。
やれることは全てやりつくしてしまった。佐野さんは解散を口にした。
それは、ザ サークルツアーの途中だった。
10万人を動員したこのザ サークルツアー終了から5ヶ月後の
94年9月15日、ハートランドとのファイナルライブ"LAND HO !"
が開催された。
そして佐野さんは、"The Heartland"との最後の夜をファンとともに楽しんだ。
その夜の闇は優しかったにちがいない。
最後まで読んでくれてありがとう。
ここにきてくれてありがとう。
佐野元春をサポートするためにバンドが結成された。
結成当時、固定されたメンバーはいなかった。
結成直前、佐野さんはサックスプレイヤーをさがしていた。
諦めかけていたところ、友人からの紹介で柴田光久と出会う。
ダディ柴田である。
当時のバンドといえば、ギター、ベース、ドラム、キーボード
というのが定番であり、サックスが加わるというのは珍しかった。
しかし、絶対欠かせない存在であった。
佐野さんは、柴田さんを強引に口説き落としたらしい。
そして、バンド名も結成して数ヶ月は名前がなかったらしい。
しかし、ファーストアルバムでアレンジャーを務めた伊藤銀次を
ギタリストにむかえ、高校、大学とバンド仲間だった小野田清文、
小学生の時には、すでにドラムを叩いていたという古田たかし。
彼らが参加することで、徐々にバンドらしいまとまりがでてきた。
ちなみに、初期メンバーの中でもっとも早くから参加していたのは
阿部吉剛だったらしい。
最初のツアー、Welcome to the Heartland Tour では
阿部さん、銀次さん、小野田さん、古田さん、柴田さん、の5人。
その後、西本明が加わった。
"The Heartland"
このバンドのチームワークはすばらしい。
佐野さんとバンドとが一体化して、熱狂的なパフォーマンスを
てんかいしていくその様は、ステージを観たことがあるファンならば
くわしい説明はいらないだろう。
その後、ソロデビューのため脱退した銀次さんにかわり
横内タケや長田進がギターとして参加。パーカッションに里村美和。
ボーン助谷、石垣三十郎らも参加。
最強のバンドへと進化していく。
そして、ハートランド結成から14年。
やれることは全てやりつくしてしまった。佐野さんは解散を口にした。
それは、ザ サークルツアーの途中だった。
10万人を動員したこのザ サークルツアー終了から5ヶ月後の
94年9月15日、ハートランドとのファイナルライブ"LAND HO !"
が開催された。
そして佐野さんは、"The Heartland"との最後の夜をファンとともに楽しんだ。
その夜の闇は優しかったにちがいない。
最後まで読んでくれてありがとう。
ここにきてくれてありがとう。
2011年7月3日日曜日
The Circle 佐野元春 with The Heartland
佐野元春さんとハートランドとの最後のレコーディングアルバム。
"The Circle"
暗い印象をうけるこのアルバムだが、
佐野さんのしせいは、常にポジティブであるにちがいない。
濃厚でからみつくようなギターで始まる”欲望”
バックコーラスも映えている。
”彼女の隣人”
この曲でも女性コーラスが曲にあつみをあたえている。
ある意味、ひとつの到達点に達したといっても過言ではない
曲の数々が、ここにはあるように思える。
また、"The Circle Tour"では、全国10万人の動員を記録。
ツアーを日本武道館でしめくくった。
そして、”ザ・サークルツアー”に出て数ヶ月がすぎた頃、
ザ・ハートランドの解散が決定された。
『解散は自然な流れであり、それをきり出すのは僕の役目だった。』
と佐野さんは語っている。
このメンバーで、もうこれ以上のピークはつくれないだろう。
やれることは全てやりとげてしまった。
メンバーひとりひとりもそれをかんじている。
口にださずともわかってしまう、と。
話はそれるが、佐野さんとハートランドは
アフリカ難民救済のための資金寄付、エイズ関連のチャリティーライブ、
アクト アゲンスト エイズ(AAA)の参加など、多岐にわたり
社会貢献にも取り組んできた。
これは一個人として、また社会の一員としての行動でもあった。
話を元に戻そう。
そして、94年9月15日
横浜スタジアムで、佐野さんとハートランドとの最後をかざる
ワンナイト、『LAND HO!』が開催された。
佐野さんにとって、けして欠かすことのできなかった存在。
"The Heartland"
その音楽性は、ロック ファンク ソウル ジャズまで幅広く
佐野さんの求める音楽に多大な貢献をしている。
"LAND HO!"
このステージでの雰囲気は、暗いものではなかった。
走りまわり、とび、さけび、はねる佐野さんにファンたちももりあがる。
まさに、『このすばらしい横浜の夜』のフレーズにふさわしい
ワンナイトだったにちがいない。
そしてザ ハートランド、
まさにロックオーケストラといっても過言ではない。
日本のロック史に無視できない軌跡を残している。
"The Circle"
佐野元春 with The Heartland
無視できない1枚です。
最後まで読んでくれてありがとう。
ここにきてくれてありがとう。
"The Circle"
暗い印象をうけるこのアルバムだが、
佐野さんのしせいは、常にポジティブであるにちがいない。
濃厚でからみつくようなギターで始まる”欲望”
バックコーラスも映えている。
”彼女の隣人”
この曲でも女性コーラスが曲にあつみをあたえている。
ある意味、ひとつの到達点に達したといっても過言ではない
曲の数々が、ここにはあるように思える。
また、"The Circle Tour"では、全国10万人の動員を記録。
ツアーを日本武道館でしめくくった。
そして、”ザ・サークルツアー”に出て数ヶ月がすぎた頃、
ザ・ハートランドの解散が決定された。
『解散は自然な流れであり、それをきり出すのは僕の役目だった。』
と佐野さんは語っている。
このメンバーで、もうこれ以上のピークはつくれないだろう。
やれることは全てやりとげてしまった。
メンバーひとりひとりもそれをかんじている。
口にださずともわかってしまう、と。
話はそれるが、佐野さんとハートランドは
アフリカ難民救済のための資金寄付、エイズ関連のチャリティーライブ、
アクト アゲンスト エイズ(AAA)の参加など、多岐にわたり
社会貢献にも取り組んできた。
これは一個人として、また社会の一員としての行動でもあった。
話を元に戻そう。
そして、94年9月15日
横浜スタジアムで、佐野さんとハートランドとの最後をかざる
ワンナイト、『LAND HO!』が開催された。
佐野さんにとって、けして欠かすことのできなかった存在。
"The Heartland"
その音楽性は、ロック ファンク ソウル ジャズまで幅広く
佐野さんの求める音楽に多大な貢献をしている。
"LAND HO!"
このステージでの雰囲気は、暗いものではなかった。
走りまわり、とび、さけび、はねる佐野さんにファンたちももりあがる。
まさに、『このすばらしい横浜の夜』のフレーズにふさわしい
ワンナイトだったにちがいない。
そしてザ ハートランド、
まさにロックオーケストラといっても過言ではない。
日本のロック史に無視できない軌跡を残している。
"The Circle"
佐野元春 with The Heartland
無視できない1枚です。
最後まで読んでくれてありがとう。
ここにきてくれてありがとう。
Time Out ! 佐野元春 with The Heartland
このアルバムは、”Cafe Bohemia”につづいての
ハートランドとのコラボレーションアルバムである。
”Time Out !”
”ぼくは大人になった”
思えば、『つまらない大人にはなりたくない』と叫んだデビュー当時。
それから10年たち、『ぼくは大人になった』・・・・・と。
このアルバムを手にとったとき、ファンであるがゆえ
あたりまえのように期待していたのだが、
正直、本気で聴いた覚えがない。
いちファンとして、いままで感じてきた”佐野元春”を感じなかった。
”ガツン”となにかを放つものが感じられなかった。
いま、あらためて聴いてみる。
佐野さんが年月を重ねてきたように、われわれファンもまた、
年月を重ね、”大人になった”のだろうか?
スゥーッ、と音が体に入ってくる。抵抗なく、音が染みこんでくる。
”ジャスミンガール”は、ファンの間では人気の高い曲だ。
アコースティックで演奏されることも多いこの曲は、
個人的にも気に入っている。
”空よりも高く”には、Homeという副題がつけられている。
何ともいえない感情がにじみ出ているのを感じずにはいられない。
ツアーもアルバム発表後、すぐに行われたが、
都市部のみとなり、規模の小さいものとなった。
が、その翌年、はやくも佐野さんは新作のレコーディングや
アルバム”Slow Songs”のレコーディングにとりかかっている。
しかし91年10月、佐野さんの父親が急逝したため
音楽活動をしばらくの間、休止することになるが、
数ヶ月のブランクののち、ツアーをスタートさせ、
それを機に活動を再開している。
アルバム”Time Out !”には、ポジティブなイメージは
あまり感じられない。
タイトルどおり、休息を連想させるものとなっている。
”Time Out !” 佐野元春 with The Heartland
こじんまりとした1枚です。
最後まで読んでくれてありがとう。
ここにきてくれてありがとう。
ハートランドとのコラボレーションアルバムである。
”Time Out !”
”ぼくは大人になった”
思えば、『つまらない大人にはなりたくない』と叫んだデビュー当時。
それから10年たち、『ぼくは大人になった』・・・・・と。
このアルバムを手にとったとき、ファンであるがゆえ
あたりまえのように期待していたのだが、
正直、本気で聴いた覚えがない。
いちファンとして、いままで感じてきた”佐野元春”を感じなかった。
”ガツン”となにかを放つものが感じられなかった。
いま、あらためて聴いてみる。
佐野さんが年月を重ねてきたように、われわれファンもまた、
年月を重ね、”大人になった”のだろうか?
スゥーッ、と音が体に入ってくる。抵抗なく、音が染みこんでくる。
”ジャスミンガール”は、ファンの間では人気の高い曲だ。
アコースティックで演奏されることも多いこの曲は、
個人的にも気に入っている。
”空よりも高く”には、Homeという副題がつけられている。
何ともいえない感情がにじみ出ているのを感じずにはいられない。
ツアーもアルバム発表後、すぐに行われたが、
都市部のみとなり、規模の小さいものとなった。
が、その翌年、はやくも佐野さんは新作のレコーディングや
アルバム”Slow Songs”のレコーディングにとりかかっている。
しかし91年10月、佐野さんの父親が急逝したため
音楽活動をしばらくの間、休止することになるが、
数ヶ月のブランクののち、ツアーをスタートさせ、
それを機に活動を再開している。
アルバム”Time Out !”には、ポジティブなイメージは
あまり感じられない。
タイトルどおり、休息を連想させるものとなっている。
”Time Out !” 佐野元春 with The Heartland
こじんまりとした1枚です。
最後まで読んでくれてありがとう。
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